アナログゲームでコミュニケーション力が身につく
今回は、アナログゲームを使った遊びでお子さんのコミュニケーション力がどのように伸びていくのか、実例を交えてご紹介します。
先日、健常の年長児のお子さんと、その姉(小3、小4)でアナログゲームで遊んでもらいました。
この年長児(5~6歳)のお子さんたちは、同じ幼稚園に通う仲良しグループで、いずれの子も発達のデコボコが少なく、全体のレベルも揃っているのです。
そこでこの日は、彼らの「最近接発達領域」を狙って、コミュニケーション力を高めるゲームを設定しました。
最近接発達領域とは?
最近接発達領域( Zone of Proximal Development 略称:ZPD)とは、旧ソビエトの教育学者レフ・ヴィゴツキーが提唱した概念で、子ども一人ではできないが年長者や大人の手助けがあれば、達成できる程度の領域を指します。
お子さんのZPDにあわせた課題を設定することが、治療教育の基本セオリーになっています。
「わたしはだあれ」で質問スキルを身につける
今回五歳児の最近接発達領域(ZPD)に相当する課題として設定したのが、質問する力を身につける「わたしはだあれ?」です。
「わたしはだあれ?」は、動物が描かれたカード、そこに対応した動物のきぐるみをきた子どもが描かれたカードがペアになっています。
一人のプレイヤーが手にした動物カードについて、他のプレイヤーは「空はとびますか?」「色は黄色ですか?」などの質問を繰り返し、その動物カードが何なのかを当てるゲームです。
興味津々の子どもたちが一瞬で静かに・・・
「わたしはだあれ?」のかわいらしい動物カードをみた子どもたちは「うわー面白そう!」「これどうやるの?」と興味津々。
ところが、私が「それでは始めます。質問したい人は手を挙げてください。どうぞ!」と言うと、それまでの様子から一転、年長児たちは水を打ったように静かになってしまいました。戸惑った様子でお互いに顔を見合わせています。
それをみていたお母さんたちも、「さっきまでの元気はどうしたのかしら・・・」と苦笑い。
しかし、このゲームを設定した私にとって、年長児たちの反応は予め予想されたものでした。なぜなら、5~6歳のお子さんにとって、「自由に質問して正答を突き止める」という行為は、彼らのとって最近接発達領域(ZPD)すなわち、「一人ではできないが他者の助けがあれば達成できる領域」にあたるからです。
勇気を出して手を挙げたT君
「おや、みんな静かになっちゃった。どうしたのかな?誰か手を挙げて質問してみよう」
そう私が促すと、恐る恐る6歳のTくんが手を挙げました。
「おっTくん、質問どうぞ!」と指名したところ、Tくんは手を挙げたまま「・・??・・・??」と止まってしまった。
しばらく様子をみて、質問を発することが難しいようなので、「じゃあ質問考えたらまた手を挙げてね」と伝えました。
ここで活躍したのが小3、小4のお姉さん二人です。「くちばしはありますか」「しっぽはありますか」など、的確な質問を発して正解を突き止めることができました。さすが小学生です。
年長者を真似る
お姉さんたちが正解した次のお題で、6歳のT君は再び手を挙げました、「くちばしはありますか」と、さきほどお姉さんがした質問を真似てきました。
答えは「はい」。それを聞いたTくん、近くにあったカラスのカードを取りに行きました。残念お手つき。正解は、ニワトリでした。
実は、くちばしのある動物は、カラス以外にニワトリとツルがいるのですが、Tくんは最初に目に入ったカラスを取りに行ってしまいました。
これと似た行動は他の年長児にもみられました。たとえば、「耳はありますか」という質問に「はい」と返って来たのを聞き、ウサギのカードを取ってお手つきになってしまう子がいました。耳のある動物は、他にイヌ、ネコ、ネズミ、リス、など多数いるのに、正解が絞り切れないうちに耳が特徴的なウサギを取りに行ってしまったのです。
年長のお子さんたちにとっては、「与えられたヒントに合う動物をえらぶ」ことはできても「複数の正解候補の中から一つに絞り込む」のは難しいことがわかります。
ついに正解
それでも子どもたちは学びます。
ゲーム後半、「くちばしはありますか」という質問に「はい」という答えが返ってきました。それを聞いたTくんが三度手を挙げ、「そのくちばしは、長いですか」と重ねて質問しました。
「はい」という返答を受け、Tくんはツルを取りました。正解。カラス・ニワトリ・ツルの中で、くちばしが一番ながいのがツルなのです。
三度目の正直でついに正解にたどり着いたTくんは満面の笑みでした。
30分に満たないゲームの中で、6歳のT君は「よくわからないけどとりあえず手を挙げる」段階から、「他者の質問を真似る」という段階を経て、最後「正解を絞る質問を発する」ところにまでたどりつきました。
5~6歳のお子さんだけで「わたしだあれ?」を遊んだとしたら、最初そうだったようにだれも質問しない状態が続いてしまい、ゲームが進まなかったでしょう。
今回は、大人である私がゲームを司会進行をつとめ、またお姉さんたちがお手本を見せたことで、年長組の子どもたちは自分が何をすれば良いのか見通しがつき、最後には正解に至る質問を発することができました。
このように「一人ではできないが他者の助けがあれば達成できる」最近接発達領域(ZPD)にあわせた課題を設定することで、お子さんの力をうまく伸ばすことができるのです。
まずは行動に移す
ZPD以外に、ヴィゴツキーはもうひとつ重要な発見をしています。
子どもがコミュニケーションを取ろうとするとき、コミュニケーションの準備ができてから行動に移すのではなく、不完全ながらもまずは行動してその過程でコミュニケーションを学んでいく、ということです。
今回の事例で言えば、Tくんが最初どう質問していいかわからないにも関わらず、とりあえず手を挙げたことが典型的です。
T君は、質問できるだけの能力を備えていたから手を挙げたわけではありません。まず不完全ながらも質問に繋がるアクションを起こし、その後、他者の様子もみながら何度か試行錯誤を繰り返して、最終的に適切な質問を発する能力を身につけることができました。
このことからもわかるように、子どもは他者との関わりの中で、失敗含みで試行錯誤しながらコミュニケーション力を身につけていくのです。
人と関わる勇気を
Tくんが手を挙げたのにもかかわらずうまく質問を発せられなかったとき、もし大人が「質問できないのになんで手を挙げたの!」などと叱りつけたり、周囲の子どもたちからからかわれたとしたら、どうなるでしょう。
Tくんはその後自発的に手をあげようとはしないはずです。それは彼から「適切な質問を発する」ことを学ぶ機会を奪ってしまったことになります。
残念ながら、私がみている発達障害のお子さんの中には、大人から叱責を受けたり、ほかの子に嘲笑される経験を重ねた結果として、失敗含みでコミュニケーションを試みるだけの勇気が挫けている子が多くいます。
そうした子たちは、Tくんのように質問できなくてもとりあえず手を挙げてみるチャレンジはしませんし、それに続くはずの発達の機会を掴むこともできません。
そうした子たちのコミュニケーション力を高めたいと思うのならば、まずお子さんが「ここでは失敗してもいいんだ」という安心感をもてる場を作り出す必要があります。
その安心感が「積極的に他者と関わろうとする勇気」を生み出し、その勇気を持ってコミュニケーションの実践的に試み、学ぶことができるのです。
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