アナログゲーム療育で用いるゲームとして、最初にご紹介したいのが「ヒットマンガ」です。
このゲームは「子ども同士が関わりながらコミュニケーション能力を高める」というアナログゲーム療育のコンセプトをわかりやすく体現しています。
しかし、療育の一環として発達障害のあるお子さんにプレイしてもらう場合は、指導者側に多少の工夫が必要になります。それについても説明します。
プレイヤー自身がセリフを考える
ヒットマンガのルールはカルタとほぼ同じです。各プレイヤーは、読み手が読み上げるセリフを聞いて、早い者勝ちでセリフにあった札を取ります。最後に一番多く札を取った人が勝ちです。
ただし、ヒットマンガでは札に描かれた絵に合うセリフを、読み手自身が創って読み上げる必要があります。他のプレイヤーはそのセリフを手がかりに正しい札を取りに行きます。
読み手は毎回交代する上、どんな札が出てくるかはランダムです。そのため、最初のプレイでは、札を引いた瞬間「どんなこと言えばいいんだよ~」と頭を抱えてしまう子が続出します。
特に発達障害がある場合、人前で話すことに苦手意識がある子が多いです。そんな子たちにとっては、みんなの前で自分が考えたセリフを言うのは、かなり勇気のいること。
ここで、ゲームの強味が発揮されます。
「ヒットマンガ」では、読み手がたとえわかりにくいセリフを言っても、他の参加者はゲームに勝ちたいので、セリフをしっかり聞いて考えて、正しい札を取ろうとしてくれます。
そのため、読み手の子は勇気をだしてセリフを言えば、そのセリフが多少わかりにくくとも、誰かが正しい札を取ってくれるため、「自分の言葉が相手に伝わった」という成功体験を得られやすいのです。
このことは、人前で話すことに困難を感じている子が、コミュニケーションに自信を取り戻す上で大変貴重な経験になります。
指導上のコツ
お子さんに「わかりやすく伝える」ことの成功体験を積んでもらえる点で「ヒットマンガ」は大変優れたゲームです。
しかし「絵に合わせたセリフを考える」というこのゲーム特有のアクションは、お子さんの言語能力次第で得意・不得意の差が出やすいため、普通にプレイさせると言語能力の弱い子だけが失敗を繰り返して辛い思いをする恐れがあります。
そうならないための工夫として、指導者が札の難易度を調整しながら、読み手に読み札を提示します。いわば、「手心を加える」わけです。
実は「ヒットマンガ」は札に描かれた絵によってセリフを考える際の難易度が大きく変わります。下の2枚の絵札をみてください。
左の札は、「電話をかけている」という状況が明確なため、「もしもし田中くん?」などと、状況を類推できるセリフを考えやすい。
他方、右のカードは、周囲の状況も、話している2人の表情もあいまいです。さらにフキダシの位置が2人のちょうど真ん中にあり、男女どちらが喋っているのかわかりにくい。全部で50枚ある絵札の中からこの札を特定できるセリフを考えだすのはかなり困難です。
このように札ごとの難易度があるため、言語能力の弱い子には簡単な札を、強い子には難しい札を提示してあげることができます。
発達障害のある子はマルチタスクが苦手
読み手の子に代わって、指導者が札を提示する目的がもう一つあります。それは、読み手の子が誤って読み札を他の子に見せてしまうのを防ぐことです。
発達障害のあるお子さんは、他のプレイヤーに自分の札を見せずにプレイすることが非常に苦手です。
その背景には、この障害の性質としてマルチタスクの作業が難しいことが関わっています。「ヒットマンガ」で言えば、「手にした札を他の子に見せない」ことと「わかりやすいセリフを考える」ことを同時並行で行うことが難しいのです。
そのため、読み札をお子さん自身が持つと、セリフを考えることに集中してつい手元がおろそかになり、他の子に絵札が見えてしまってゲームにならないことが頻繁に起きます。
さらに、読み手以外のプレイヤーの問題として、特にADHD傾向のお子さんの場合、興味が抑えきれず、読み手が手にしている札をつい覗きこもうとしてしまうことがあります。
こうした問題はともに本人が意識していてもどうにもならない部分で、お子さん自身良くないととわかっていても、つい繰り返してしまいがちな失敗です。そこを指導者がいちいち注意すると、お子さんもストレスになってゲームを楽しめなくなり、結果的に「コミュニケーション力を高める」という本来の目的が達成できなくなります。
そうならないために、「札を他のプレイヤーに見せない」というタスクを指導者が代行し、お子さんには「伝わりやすいセリフを考える」という一番重要な作業に集中してもらうのです。
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