どこへ行っても大人気「くるりんパニック」
このコラムでは、Youtube「遊びと育ちチャンネル」で紹介したゲームを毎回一つ取り上げ、映像の中で語りきれなかったそのゲームの良さや指導テクニック、療育における位置づけなどをお伝えしていきます。
今回はYoutubeで初めてとりあげた「くるりんパニック」についてあらためて考察します。放デイ・学校・家庭、どこへ持っていっても人気のあるゲームで、子どもたちが集まる場所には備えておいて決して損のないゲームです。
周りをみて動く練習
動画中では、「周りの子が準備できていないのに勝手にゲームのスイッチを入れてしまう」のを一つの療育課題として捉えています。特定のお子さんにこうした行動が頻繁に見られる場合、他の子が不満を持ちトラブルに発展しがちです。
そこで大人が介入し、「他の子が準備できているかどうか確認してから合図とともにスイッチを入れる」ことを教えていくことで、トラブルがなくなり子どもだけでスムーズにゲームが進行できるようになっていきます。
問題は、このときお子さんたちは何を学んでいるのか、ということです。
具体的な行動から一般的なスキルへと
客観的に観察可能な変化としては「他の子が準備できたか確認してスイッチを入れる」ことがあります。しかし、それだけだと特定のゲームでのみ通用する行動パターンを身につけただけに過ぎません。
しかし、「他の子が準備できたか確認してスイッチを入れる」ことは、同時に「周りを見て動く」というより他の様々な場面で求められるより普遍的なスキルの行使でもあります。
大人の立場で大切なことは、『くるりんパニック』で周りをみて動けるようになってきた子が、他の場面でも同じように動けているかを見極めていくこと、そしてもしそれが応用できていないようであれば、できるようにサポートすることです。
たとえば、カードゲームで自分の順番でないのにカードをめくってしまう子がいれば、「くるりんパニックのときにやったように、周りをよくみて自分の番になったらカードをめくろうね」と教えることができます。もし教えてもできないのであれば、「なぜくるりんパニックでできるのにカードゲームになるとできないのか?」と考えることでその原因の特定して対策につなげていくことができます。
このようにして一つのゲームで学んだことを、他のゲームや遊びの場面で応用できるようにサポートしていくのが大人の大切な役目です。
肯定的な自己イメージを獲得する
お子さんがゲームから得られることはそれだけではありません。
これまで他の子と上手く遊べなかったお子さんが「ルールを守り合って楽しくゲームできた」という成功体験を経ることで、「自分は他の子と仲良く楽しく遊べるのだ」という新たな自己イメージを獲得します。このような成功体験に基づく肯定的な自己イメージの獲得は、ゲームという枠を超えて、学校や地域生活の中でその子が新しい遊びの輪と人間関係を築いていく原動力となります。
「『くるりんパニック』でみんなと楽しく遊べた私は、同じ子たちと鬼ごっこでも楽しく遊べるかもしれない」
「学童でいつもみんなと楽しくゲームできるようになったから、明日は学校でみんなをゲームに誘ってみよう」
といった形です。
学びの三重次元
これまでお話してきたことをまとめてみます。
お子さんは、ルールを守り合って遊ぶ過程で、下記にあげるような三重の次元で学びのダイナミクスを体験しているという事ができます。
・他の子が準備できたことを確認してスイッチを入れることができるようになった
→ 特定の場面における望ましい行動パターンの獲得
・周りをみて動けるようになった
→ 複数の場面で応用可能なスキルの獲得
・「他の子と仲良く楽しく遊べた」という成功体験
→ 肯定的な自己イメージの獲得
大人は、お子さんのこうした重層的な学びのダイナミクスをサポートしようとするなら、単にそのゲームが上手くできたかどうかだけでなく、そこで得られた事が他の場面に波及したり、本人の自己イメージを変革しうる可能性に目を向け、その可能性が実現するようにサポートすることが大切です。
「くるりんパニック」はそのことをもっともシンプルに教えてくれるゲームの一つだと言えます。こうした意図を踏まえて、適度に介入しながらこのゲームを子どもたちと遊び、またその前後の様子や他の場面でのお子さんの変化をみていくと、アナログゲームの療育的・教育的な奥深さに気づくことができると思います。
参考文献
今回お話した「学びの三重次元」というのは、フレド・ニューマン&ロイス・ホルツマン「革命のヴィゴツキー」という本に着想を得たものです。
何か特定の物事を学習する時、人が学習するのは、
① その特定の物事
② いかにして学習するか
③ 自分が学習者であること
であるという記述(p127)がそれです。
難しい本ですが、ご興味のある方はぜひ手にとってみてください。