ゲーム中の出来事
発達障害のあるお子さんの問題行動については、どうしても障害特性との関連を考えたくなってしまいますが、それよりも重要なのはお子さんの心の動きを知り、そこにあわせた対応を行うことです。
今日ご紹介するのは先日、発達障害のある小学生のお子さんたちを対象に、アナログゲームをプレイしてもらったときの出来事です。
この日はきょうだい児が二組参加していました。
プレイ開始直後、小3の男の子がおもむろに隣にいた妹の頭をポカリ! それをみていた別の小学生の男児二人の兄弟が、これまた理由もなくお互いに取っ組み合いを始めました。
こうした動きは一見すると脈絡のないように見えますが、心理的な理由があります。
「強さをアピールしたい」という心理
発達障害のある子たちの多くは、普段の学校生活で失敗を重ねて自信を失っています。
そんな彼らが初対面で顔を合わせたとき、自分の弱さを隠して強さをアピールしなければと考え、あえて暴力的に振る舞うことがよくあるのです。
その際、弟や妹がいれば、彼らをいじめるのが手っ取り早いアピールになります。
上の例で、妹の頭を叩いた子は、直接言葉には出さないけれど「おれはいじめっ子なんだぞ。ナメんなよ」と他の子にアピールしており、それをみた別の兄弟は取っ組み合うことで「俺たちも強いんだぞ!」とアピールし返しているわけです。
叱責は逆効果
こういうとき、指導者が「コラ!小さい子叩いちゃダメでしょ!」などと叱りたくなるのですが、逆効果です。
なぜなら、叱られた子は「いじめっ子な上大人からも叱られるワルいヤツ」として、他の子に対してさらなる強さアピールに成功したことになるからです。
その子がとるであろう次の行動は、叱った大人に反抗的に態度をとることでさらなる「ワル(≒強さ)」をアピールすることです。
それをみた他の子たちもまた、負けていられないとばかり様々な問題行動で自分の存在をアピールしようとします。 こうなってくると集団の秩序が維持できません。
このように、お互いの優越性アピールが問題行動を相互強化していくのが、子ども集団が崩壊する典型的なメカニズムです。
叱れない、かと言って問題行動をほうっておくこともできない。どうするか?
とはいえ、お兄ちゃんに妹が小突かれているのを黙ってみている見ているわけにもいきません。
今回は、兄と妹の間に私が自分の体を差し込み、物理的に手が出せないようにした上で、何事もなかったかのように淡々とゲームの司会を務めました。
体の動きで兄が妹に手を出すのを物理的に制しつつ、態度の上では兄の『ワルアピール』は無視しているわけです。
ライバル関係が友情へと発展
ゲームが進むと、子どもたちがリラックスして笑顔が見え、しばしば歓声があがるようになってきました。
すると、興味深い出来事が。
さっき妹の頭を叩いていた子と、それに負けじと取っ組み合いをしていた兄弟の一人が、ゲーム中、同じタイミングで成功を収めました。そのとき二人がどちらからともなく「やったぜ!」とハイタッチしたのです。
出会った当初お互いに抱いていた敵対的なライバル感情が、友情に変化した瞬間です。
どちらの感情も相手への強い関心がベースになっていますから、ちょっとしたきっかけでどちらにも転化します。今回はいっしょにゲームをプレイするという経験がポジティブな感情の転化を促しました。
無理に強さをアピールしなくてもいい
こうして、最初ピリピリしていた雰囲気だったきょうだい児たちも、最後はみんな仲良くなって「あー楽しかった」と言って帰っていただくことができました。
自分に自信がなくて周囲に対してツッパらなければならない思い込んでいる子には、本当はこうした経験を5回10回と積みかねてもらうたいのです。そうすれば無理して強味を見せなくともよいことが体験的に理解されてきます。それが情緒の安定とコミュニケーション能力の向上につながってきます。
なので、笑顔で帰っていく子どもたちをみると「良かったなあ」とおもう一方で「これきりなのはもったいないなあ」という、気持ちもあります。
「優越性の欲求」
今回とりあげたきょうだい児の間に働く心理と「強さアピール」の現象は発達障害の知識だけでは対応できず、アドラー心理学の「優越性の欲求」という概念を理解することが重要になってきます。
私達は誰もが「他人よりも向上したい」「理想の状態を追求したい」という欲求を持っています。これを「優越性の欲求」と呼び、良くも悪くも人間関係にも大きな影響を与えている、というのがアドラー心理学の考え方です。
こうした心理が、きょうだい児の関係と性格形成にどのような影響を与えるのか。そこに親はどう対応していけばよいのか。豊富な実例を元に教えてくれるのがルドルフ・ドライカース著「勇気づけて躾ける―子どもを自立させる子育ての原理と方法」という本です。
アドラー心理学の創始者であるA・アドラーの弟子であるドライカースが、1964年にアメリカで出版したこの本は、アドラー心理学の考え方を取り入れた子育て指南書として、大ベストセラーとなりました。
この本は、きょうだい児の関係のみならず、発達障害のあるお子さんの子育てについても大きなヒントを与えてくれます。1964年の出版なので、発達障害の「は」の字も出てきません。しかし、出てくる実例は発達障害のある子と接している方たちには「こういうこと、あるある!」と頷くものばかりのはずです。
文中にある、
自信を失った子どもが所属意識を得るための手段として最初に利用する誤った目標は”必要以上の注目”に対する願望です。みんなの注目を遊びているときだけ自分は重要なのだ、という誤った認識に影響され、子どもは注目を集めるための見事なテクニックを身につけていきます。 p92
という指摘は、今回ご紹介した事例にもまさに当てはまります。
このようにお子さんが誤って身につけたこうしたテクニックをどう修正し、社会的にバランスのとれた人間に導いていくか。この本は明確な解答を示しています。
ぜひ一読されることをオススメします。
この記事へのコメントはありません。