開発者 松本太一
東京学芸大学大学院教育学研究科障害児教育専攻卒業教育学修士。在学中は自閉症児療育の「太田ステージ」開発者である太田昌孝の指導のもと、東大付属病院や通級指導教室でソーシャル・スキル・トレーニングの実践研究を行う。卒業後は、福祉団体や人材紹介会社で成人発達障害者の就労支援に携わったのち、放課後等デイサービスに勤務。
市販のカードゲームやボードゲームを用いてコミュニケーション力を育てる「アナログゲーム療育」を開発する。その後独立し、「放課後等デイサービスコンサルタント・アナログゲーム療育アドバイザー」として全国100ヶ所を超える放課後等デイサービスの研修・コンサルティングを行ってきた。
開発者 松本太一
開発のきっかけ
大学院時代
私が発達障害を学んだのは、東京学芸大学大学院の太田昌孝先生のもとでした。
精神科医の太田先生は、自閉症児を対象とした療育手法である「太田ステージ」の開発者です。
私は先生の指導を受けつつ、東大医学部附属病院で自閉症児の療育に関わったり、小学校の心理相談員として当時始まったばかりの特別支援教育に関わったりしました。
発達障害の支援者としての第一歩を、レベルの高い環境で踏み出せたのは、大変ありがたいことでした。
支援のあり方にたいしての疑問
当時始まったばかりの特別支援教育では、教室で発達障害のあるお子様が起こすトラブルをいかに減らし集団適応させるか、という考え方が主流でした。
小学校相談員の仕事をしていたときは、発達障害のある子が支援を受けてトラブルが収まると、担任の先生と私は、顔を見合わせて「◯◯くん、落ち着いたね」と喜び合ったものです。
しかし、こうした支援を続けるうち、拭いがたい疑問が生まれてきました。
「この子たちは『落ち着く』だけでいいのか」
という疑問です。
学校とは本来、子どもたちが大人になったとき自立して暮らしていく力を身につけさせる場所のはず。教室に適応しトラブルなく日々を過ごさせたというだけでは、教育者としての役割を果たしたことにならないのでは、と思ったのです。
子どもの学習支援から大人の就労支援へ
教育のゴールとしての「社会的自立」を知らずに、教育を語ることはできない。そう思った私は、発達障害のある大人の就労支援に関わる仕事に就くことにしました。自立の条件として、就職は欠かせないと思ったからです。
発達障害者就労の講演会の企画運営をおこなったり、人材紹介会社の障害者部門の営業職として精神・発達障害のある人を企業に紹介しました。
仕事を通じて、企業の人事担当者と接する中で、
- 企業は障害のある求職者に何を求めているのか
- 実際にどんな人が採用される(されない)のか
といった就職の条件を、肌感覚で掴むことができました。
この経験は、後に療育現場に戻った際、大学院での学んだことと同じかそれ以上に役立ちました。
企業が求職者に求めているのは一言でいえば「コミュニケーション力」です。
より具体的には「相手の要求や場の状況を正確に読み取り、そこに合わせて自発的に動ける力」です。
発達障害のある人にそのようなコミュニケーション力を身につけてもらうためには、大人になってから「こういう場面ではこう振る舞う」といった形式的な訓練を受けるだけでは不充分なのは明らかでした。
発達障害のある人が将来就職するためには、子どものうちから人と関わる経験をたくさんして実践的なコミュニケーション力を身につけてもらう必要がある。そう感じた私は、再び子どもの療育に携わることを決めました。
再び子どもの療育現場へ
次私が選んだフィールドは、放課後等デイサービスという、障害のあるお子様向けの学童+療育機関ともいうべき施設でした。
放課後等デイサービス
小学校から高校生までの障害のある子のための放課後の居場所。利用にかかる費用の9割を行政が負担するため、保護者負担は1日900円程度で済む。
設立後間もない教室だったこともあり、入社から3ヶ月で副教室長となった私は、管理職として、日々の療育内容を考えたり、スタッフを指導する役割を担うことになりました。
教室にやってくる子どもたちは小学生から高校生まで、日に10人程度。障害の程度は様々で、かろうじて発話が認められる程度の重い知的障害を持つ子から、高いIQを持ち同年代の子と考え方が違いすぎて不登校になっている子までいました。
発達段階にこれだけの差がある子どもたちに、毎日安全に楽しく、しかも将来の就職に役立つ療育を提供するのは至難の業と思われました。
アナログゲームとの出会い
そんな折に出会ったのが、アナログゲームです。
アナログゲームとは、カードゲームやボードゲームなどのコンピューターを介さないゲームのこと。出会ったきっかけは、私が勤めていた教室から一駅離れた場所にある「すごろくや」というアナログゲームの専門店に入ったことでした。
すごろくや
東京 高円寺にあるアナログゲーム専門店。代表の丸田さんはコンピューターゲームの制作に関わったのち、ゲーム本来の楽しさを伝えるべくこの店を構えた異色の経歴の持ち主。
すごろくやには、小さな箱に入ったカードゲームから、美しいコマやボードを揃えた大型ゲームまで、それぞれ独自のルールと面白みを備えたゲームが何百種類も取り揃えられていました。
そのうちのいくつかを試遊した私は、「ゲームを使って子ども同士で関わり合う場を作れれば、実践的なコミュニケーションを学ばせることができるのでは?」と考えました。
早速教室で、いくつかのゲームを療育に導入したところ、子どもたちがパッと笑顔を見せてくれました。
手応えを感じた私は、お子様に身につけさせたいコミュニケーションスキルにあわせて次々新しいゲームを導入し、気がつけば約50種類ものアナログゲームを用いて療育するまでになっていました。
子どもたちの変化
アナログゲームを療育に導入してから半年ほどで、子どもたちには明らかな変化が見られるようになりました。
様々なゲームを一緒に遊んだ子どもたちは、「同じルールを守りあって楽しむ」という経験を通じて、自らの意思で場の状況や相手の参加者の意図を読み取って動けるようになってきました。
もう一つ、予想だにしなかったことがありました。アナログゲームを通じて、それまではブロックやパズルなどの一人遊びしかしなかった自閉症のお子様が集団参加できるようになったのです。
障害のために友達を作るのは難しいと思っていたお子様が、アナログゲームを通じていつの間にか他の子たちと一緒に遊んでいる姿を見て、涙を流される親御様もいました。
こうした変化により、教室はさまざまな年齢・発達段階の子どもたちがのびのびと過ごしながらも全体の和が崩れていない場、お子様にとっては「安心できる居心地の良い場」になっていました。
フリーランスとして活動開始
アナログゲームを用いた療育に大きな可能性を感じた私は、この方法をさらに多くの人たちに拡げたいと考えるようになりました。
そこで、2015年6月よりフリーランスとして独立。現在は教育機関や福祉施設の研修を行うほか、書籍・DVD・YouTubeなどで情報発信を行っています。
アナログゲーム療育はまだ生まれたばかりの療育法です。指導理念や技法の体系化、成果の客観的尺度による測定など、取り組むべき課題は多くあります。
一つ一つ誠実に取り組み、この療育法を丁寧に育てていきたいと考えています。
皆様のご支援をどうぞよろしくお願いします。